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コンクリートという物質を考える時、古事記に記された創世神話の事を想う。イザナギ・イザナミの振りかざしたヌボコ(天の沼矛)によって渾沌とした無形の地にやがて人が住む大地を形作るというあの始まりの物語の事を。20世紀以降のヒトは神という役割を演じようとする中で「観念(abstract)」から「現実(concrete)」を産み出す秘法を獲得したのだろうか…。
ここに集まった3人の写真家の写し出すイメージはそのモチーフも取り組み方も三者三様のアプローチでありながら、ヒトが演じた神の業を冷徹に問い直すインパクトに満ちている。安っぽい感傷や懐古に満ちた巷の「廃墟」「建築遺産」写真に一撃を与える彼らの作品群からは21世紀の新たな創世のものがたりが産まれる可能性を感じないではいられないのだ。 ― Tommy Oshima (flickr, fotologue) そこに写し取られているのは決して建築遺産だけではない。彼ら三人は、聳え立つコンクリート塊を目前にしての感情や思考を、自身に内在する解釈のフィルタを通して写真というものに"concrete"してきた。 次は私達が彼らの"具体化"した圧倒的なイメージを目の前にして込められた刺激を享受し、読み取り、解釈する番だ。三人の"コンクリート"には、それらを得るために鑑賞の闘争に挑む価値が充分に存在する。 ― Koichi Ito (flickr, fotologue) |
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